(社説)揺らぐ国際規範 人道理念 守る決意と実践を 2025年1月3日 5時00分
- 羅夢 諸星
- 1月3日
- 読了時間: 4分
戦争にもルールがあった。
そう過去形で語らねばならぬ時代が到来するのか。
先の大戦から80年。国際社会が積み上げてきた人道法という“ルール”が、いともたやすく破られ、人命が理不尽に奪われていく。理念の退行という逆向きの時計の針を止める必要がある。
■「地雷なき世界」に壁
世界遺産アンコールワットで知られるカンボジアのシエムレアプで昨年11月、対人地雷禁止条約に関する国際会議が開かれた。
会場の前には、手足を失った各国の地雷被害者がプラカードを掲げて並んでいた。米国政府がウクライナに地雷を供与すると表明したことに抗議するためだ。
米国は条約に未加盟だが、ウクライナは締約国だ。対人地雷の取得も使用も許されない。だが、条約に背を向けるロシアがウクライナに侵略、大量の地雷を使い、市民1300人近くが死傷した。
ロシアの隣国で、条約締約国のフィンランドの国防省も対人地雷の再導入を検討していると明らかにした。ラトビアでは条約からの離脱を求める署名活動が始まった。
戦争が終わっても、市民を無差別に殺傷し続ける対人地雷を全面的に禁止する条約ができたのは1997年。成立に市民社会が大きな役割を果たした。各国政府を説得した国際的なNGOの連合体はノーベル平和賞を受賞した。
今、国連加盟の8割にあたる164の国・地域が条約に加わり、うち94が保有していた対人地雷5500万個を廃棄した。
締約国の増加は国際世論の高まりとなって、大国の背中を押した。実際、米国は対人地雷の生産中止を宣言した。命を守る国際規範をつくる動きは、クラスター爆弾禁止条約、核兵器禁止条約へと受け継がれた。
その流れが逆転しないかが危惧される。条約に加わらない大国が締約国を軍事力で踏みにじる。「善人ばかりが損をする」。後ろ向きの「自国第一」が、人道の普遍性を守る努力とせめぎあう。
■大国による二重基準
大国の横暴は、ロシアだけではない。米国によるあからさまな二重基準も国際社会の批判を呼んだ。
パレスチナ自治区ガザでの戦争だ。イスラム組織ハマスによる奇襲攻撃で約1200人のイスラエル市民が殺害された。多くの国がイスラエルの自衛権を支持した。
だが、ハマス壊滅を掲げた軍事作戦は苛烈(かれつ)を極めた。民間人の犠牲を意に介さないようなイスラエルに、国際世論は批判を強めた。
それでも、米国は「特別な同盟国」としてかばい続けた。国連安全保障理事会では停戦を求める決議案などを5度、拒否権を行使して否決し、武器の供与も続けた。
戦争犯罪や人道に対する罪などを裁く国際刑事裁判所(ICC)は、ロシアのプーチン大統領、イスラエルのネタニヤフ首相に逮捕状を発行した。前者を「当然だ」と評価したバイデン米大統領は、後者については「言語道断だ」と非難した。
米ロや中国はICCに加盟していない。ロシアはICCの赤根智子所長を指名手配し、米国は経済制裁をちらつかせる。敵対する米ロがここでは足並みをそろえる姿は、異様を通り越して嘆かわしいというほかない。
多くの国が長年築いてきた規範を大国自らが無視し、損なう。新興国や途上国の間で今の国際秩序に対する不信が広がるのは当然だ。
■国連の価値を信じて
米国では今月、自国第一主義を掲げるトランプ氏が再び大統領の座に就く。
トランプ氏は1期目に世界保健機関(WHO)からの脱退を表明し、ユネスコや温暖化対策の国際ルール「パリ協定」から離脱した。PKO予算や国連機関向けの拠出金の大幅削減も主張する。国連軽視の加速が懸念される。
日本は外交の柱の一つに「国連中心主義」を掲げてきた。5大国だけが安保理で拒否権を持つなど不平等を抱えながらも、国連が国際協調の土台をなし、先進国と途上国の格差を埋める役割を果たしてきたことは間違いない。
一方、日米同盟も日本外交の基軸である。だが、国連に懐疑的な政権が米国に誕生するからといって、国連か米国か、多国間主義か二国間重視か、と二者択一的に捉えるのは建設的ではあるまい。
国連中心主義は、紛争の平和解決、法の支配、人権や民主主義を重視する基本理念と考えるべきだ。世界が羅針盤を失いかけている今こそ、その理念を掲げ続け、できるだけ多くの国と共有する姿勢が必要とされている。
欠かせないのは、理念を説くだけでなく、現場に根ざした実践だ。日本は長年カンボジアで地雷除去に貢献し、その知見を南米やアフリカでも共有し、ウクライナにも提供している。
人の命を守る。復興につなぐ。実績を地道に積み重ねることで、国連、そして人道主義への信頼を高めたい。
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