<産経抄>豊かな詩の音色を残し 谷川俊太郎さん逝く 2024/11/20 05:00
- 羅夢 諸星
- 2024年11月21日
- 読了時間: 2分

詩人の谷川俊太郎さん=東京都杉並区(川口良介撮影)
知られた言葉遊びがある。<ここではきものをぬげ>。どう解釈したものだろう。ここで脱ぐのは履物の方か。あるいは衣服のボタンに手をかけた方がよいのか。目だけで文字を追いかけると道に迷う。日本語の世界は奥が深い。
▼谷川俊太郎さんは詩想を練る上で耳も大切にした。昭和48年に世に問うた詩集『ことばあそびうた』から。<はなののののはな/はなのななあに/なずななのはな/なもないのばな>(「ののはな」)と、日本語の持つ豊かな音色を教えてくれた。
▼「詩の語と語の間には、散文の意味的なつながりとは違う音楽的なつながりがある」。美しく響き合う言葉の組み合わせに「ポエジー(詩情)」が潜んでいると、かつて小紙に語っていた。あまたの詩に童謡の作詞、翻訳…。戦後の詩壇を代表する谷川さんが亡くなった。92歳。
▼「みみをすます」という詩も忘れ難い。<ひとつのおとに/ひとつのこえに/みみをすますことが/もうひとつのおとに/もうひとつのこえに/みみをふさぐことに/ならないように>。6年前、5歳女児が親の虐待で亡くなる事件があった。その際、小欄はこの一節を引いた。
▼児童相談所の職員は親の言い分のみを聞き入れ、部屋に立ち入ることなく引き下がった。扉の向こうで救いを求める声に、耳をすませていたならば…。詩人の作意はともかく、全文ひらがなの一編が女児の訴えに読めてならなかったのを思い出す。
▼やさしい語り口で紡ぐ詩は、読み手の年代を問わず胸に落ちた。先の言葉遊びも谷川さんなら声に出して読んだらどうか、と笑うのではないか。「ここでは きものをぬげ」と。言葉を衣服で飾ることなく、生まれたままの姿で詩に落とし込む稀有(けう)な人だった。
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